エネルギー源

 私どもの教室では、毎週一度、講師全員が集まってミーティングを行っている。そこで、各講師が担当した受講生について、特別な状況があれば報告し、その指導方法について話し合うのである。
 今日は、余談で、「最近受講生に街でよく会うんです」という話題が出た。そのA講師によると、昨日一日で、二人もの受講生にあったのだそうだ。それは確かに滅多にないことだ。きっと、何かお互いの思いに、波長の合うところがあったに違いない。
 そのうち、B青年に会った話。講師が駅で電車に乗ろうとしてホームに立っていたら、笑顔で近づいてきた人がいる。誰かと思ったら、受講生のBさんだ。ニコニコ顔で、挨拶をしてくれた。たったそれだけのことなのだが、A講師は感激したという。
 というのは、Bさんは、受講開始時、普段からあまり物を見ようとしていない人だったのだそうだ。ところが、この訓練で能動的に見るということを学び、それを実践するようになった。その結果、会社でも、周りの人の動きがよく目に入るようになり、最近は、他の人が見失った物をずばり、「あの辺にあるんじゃないの」と言い当ててしまった。周囲からは、「侮れないやつだな!」というお褒めの言葉まで頂戴してしまったのだそうだ。
 A講師も、「受講に来たときの彼の目だったら、乗っている電車から、僕を見つけることはなかったんじゃないかな」と、その変化に感慨深げだった。同じ講師として、彼の嬉しさはよく分かる。
 そういえば、私も、先日、駅で受講生のCさんに会った。思いがけずにちょっと離れたところから挨拶されたこともあって、一瞬驚いて、間が出来た。そのときまさにタイミング良く、彼女の陰から男の子がぱっと顔を出し、ニコニコしながら、元気にバイバイの手を振ってくれた。思わず、私も笑顔で手を振り返した。
 そのまま言葉を交わすことなく別れたが、初めて会ったにもかかわらず、すごく気持ちが通じ合ったような気がした。最近あまり出会うことのない、子どもらしい笑顔と仕草に、温かな余韻が心に残った。同時に、Cさんが良い子育てをしていることをはっきり感じ取ることが出来、とても嬉しく思った。
 仕事で喜ばれ、自らも喜ぶことが出来る、私たち講師は、実に幸せだと思う。さあ、この喜びをエネルギーにして、この土日も頑張るぞ!(豊文)

「速読脳」は子育てから

 九州のあるお母さんから問い合わせの電話が入りました。東京にいる娘に受講させたいというのです。私も人の親ですから、その気持ちはよく分かります。
 そこで「では、まず無料説明会に出席していただくことになりますので、お嬢さんに直接教室宛お電話をくださるようお伝えください」とお願いすると、「私がパンフは読んだし、すぐに講義の開始日を決めてほしい」と言います。説明会は、授業の第1時間目なので、ぜひ本人に出て頂く必要があることを説明しても納得してくれません。
 何度も押し問答の末、説明会と開始日を決めて、お母さんから連絡してもらうことになりました。どうも話のニュアンスから判断すると、入会日を決めて、お金も払ってしまって、子どもには、「あなたのためにお金まで払ったんだから、もったいないから行ってきなさい」と言って、強制的に、教室に行かせようという魂胆のようです。
 一般の何かの知識を学ぶ教室でさえ、本人のやる気がないと学びきれないはずです。ましてや、「速読脳」開発は、まさに本人のやる気が大事なのですから、自ら進んで訓練したいと思うのでなければ、困難です。
 親として、子どもの能力を何とかして高めたいという気持ちはよく分かるのですが、それは強制では育ちません。幼いときから、子どもの意欲を大切にして、お互いの信頼関係が築かれていれば、「速読脳開発プログラムって、いいものがあるようだよ」と、話をするだけで、そのお子さんは、自ら進んでやってみようと思ったのではないでしょうか。 子育ての大切さを思わせてくれた問い合わせでした。(豊文)

密かな楽しみ

 先日の大阪セミナーに、20代の女性が見学に来た。
「ウチの教室を何で知ったんですか?」
「実は、高校のクラス会で友人から聞いたのです」
「そうですか。その方のお名前はなんというんですか?」
「S君です。5、6年前に受講していたと聞いたんですが」
「S君ならよく覚えていますよ。学生時代にウチに来て、実用レベルで1万字/分以上の速度で読めるようになったはず。読書量がかなりすごかったですよ。彼、何と言って紹介してくれたんですか?」
「最初言ってくれなかったんですが、大学卒業後の話を聞いたら、余りにすごくて、同じ時間を生きているはずなのに、どうしてそんなに違うのかって追求したんです。そうしたら、学生時代にお宅の教室で速読をやったと白状したんです。」「すごいって、どんな風にすごいんですか?」
「大学を卒業してから、大手の会社に勤めたんだけど、3年ほどでやめて独立して、資格をいくつか取って、会社を2つ立ち上げて成功させて、外国語も2つもマスターして・・・。とにかく、私、驚いてしまったんです。」
 S君なら、そのぐらいやっていてもまったく不思議ではない。私は、S君の活躍ぶりを聞いて嬉しくなるとともに、彼女の驚きぶりがおかしくてしょうがなかった。「速読脳」を開発した人の活躍の話には、私は慣れっこになってしまっているが、初めて聞く人は、確かに驚くに違いない。
 最近、「速読脳」の話をして人の驚く顔を見るのが、私の密かな楽しみになっているようだ。S君の、益々の驚くべき活躍を期待したい。(豊文)

辻説法

 先日の説明会でのことだ。一通り「速読脳開発プログラム」について説明をした後、質問が出た。「理解できているかどうかはどうやって分かるんですか?」という質問だ。実はこれはよくある質問だ。この文を読んでいるあなたも、ごく当然の質問のように思われるかもしれない。
 しかし、実はこの質問はそれまでの説明をよく理解してもらえなかった質問なのだ。「特にチェックはしません。その必要はないんですよ。理解しているかどうかは、読んでいる人自身が分かるじゃないですか!」と答えると、怪訝そうな顔をしている。けどよく考えてみてほしいのだ。自分が本を読んでいるとき、自分で理解して読んでいるかどうか分からないという人がいるだろうか。
 もちろん、いないはずである。いるとすれば知的能力に何か問題がある人ということになるだろう。理解しているからこそ、次から次と読み進むし、分からなければ、そこで止まって繰り返し読めばいい。それが読書ではないか。「速読脳開発プログラム」は、元々「読書能力開発プログラム」であり、速く読む能力を飛躍的に高められるので、「速読脳開発プログラム」と呼んでいるだけなのだ。
 この答えに、納得できない人は、国語の試験を思い浮かべているように思われる。国語の試験であれば、文章を読ませて、その文章についていろいろ質問し、その人の記憶力や思考力をチェックする。それが理解をチェックすることだと思っている。けど、理解することと記憶や思考は別のことなのだ。
 さらに言えば、テストで自分の答えが合っているかどうかをチェックしてもらわなければ、自分が理解しているかどうか、不安になる人がいるらしい。これでは、本来主体的であるべき理解という行動を、他人に依存して生きていることになる。まさに、受験勉強の弊害かも知れない。
 また、ほかの速読法のイメージを持って聞いているために、先のような質問をする人もいる。「1ページを一目で脳に焼き付ける」とか、「横に目を動かせば読める」とか、「視点を宙に浮かせて、本を目にさらせば読める」とかいろいろな読み方を唱える速読法が世に出回っている。そのような方法であれば、先の質問は「本当に理解できるのか、内容の推測ではないのか?」という意味で、まさに妥当な質問だ。
 「速読脳開発プログラム」では、すべての文字を順に読んで理解していくんですよと説明しているのだが、ほかの速読法のイメーを持っている人の心には、私の声はなかなか届かない。ときどき、「速読脳開発プログラム」を広めることは、辻説法だなと思う。この速読脳の開発に関する研究に国家予算が付いたとはいえ、それは先端的研究であるからであり、一般の人から見れば、まだまだ未知の世界なのだ。
 私は、この辻説法で、従来の既成概念を打ち破っていこうと思っている。というわけで、今回は、ちょっと堅い教室物語になってしまったが、「21世紀の知識基盤社会を構築するトレーニング、ここにあり!」と、この辻説法を大きな声で続けようと思う。(豊文)