バイキングの船上で

 この月曜、火曜は、教室の慰安旅行で、箱根に行ってきた。一泊二日の温泉旅行だ。硫黄の匂いあふれる、まさに温泉というお湯につかり、食べ、飲み、語り、歌い、久しぶりに、時の流れを忘れて、楽しいときを過ごすことができた。
 二日目。芦ノ湖のバイキング船に乗ってのんびりと景色を眺めていたら、「佐々木先生!」と声をかけられた。都内では、ときどき受講生に会うことがあるが、箱根に来て声をかけられるとは思ってもいなかった。驚いて振り向くと、もう十数年前の受講生で、キヤノンに勤めておられたTさんだ。オーストラリアから来た友人夫妻の観光案内で、箱根に来ているという。
 私の記憶では、Tさんは、当時、うまく訓練が進んだ受講生ではない。不愉快な気持ちがあったとすれば、私のことを無視したとしてもおかしくない場面だ。が、私が気付く前に、大きな声で、声をかけてくれた。実に嬉しいことだ。結局、箱根町港に着くまで、受講したときのことや最近のこと、能力開発の情報交換などで、あっという間に時が過ぎてしまった。思いがけない楽しい時間だった。
 思えば、Tさんが受講した十数年前と現在とでは、速読脳を開発していく原理は同じだが、教え方は、大きく異なっている。講師自身の観察力が向上したことはもちろんだが、視覚と意識の関係がよく分かるようになったことで訓練ステップやチェックポイントを非常にきめ細かくすることができたのだ。
 パソコンや携帯の機能が、時とともに進化してきたのと同様に、「速読脳開発プログラム」も進化してきている。古い受講生が久しぶりに訓練を再開すると、「全然違いますね」という感想をもらしたりするほどだ。Tさんと話をしながら、今ならあの頃よりもずっと効果的に伸ばしてあげられるのに、と残念に思った。(豊文)

日経新聞の記事に思う

 当連盟と情報通信研究機構との共同研究の成果が、日経新聞の科学欄の記事で紹介された。新聞の記事になったことは過去にも何度もあったが、主体的に関わった仕事が評価されたことは、やはり嬉しい。受講生には、東京や名古屋、広島から研究所のある西明石まで、丸一日がかりの大仕事としてご協力いただいたが、改めて、感謝する次第である。
 今回の記事は、高速で本を読んでいるときには、心の中で音声化する作業が抑制されているらしいというMRI測定の結果を、報告したものだ。思えば、17 年前に同様の結果が、脳波測定で得られたときにも、NHKのテレビニュースで大きく取り上げられた。このように、いろいろな実験で、繰り返し確認されて、ようやく社会の認めるところとなるのだろうと思う。
 この日経の記事でも、「速読」と紹介されているが、当連盟でやっているのは、読書である。読書能力を速度の面で伸ばすトレーニングシステムを実施している。トレーニングの結果、日常の無理のない読書速度が速くなるわけだから、読書能力が向上したということである。どうも、一般には、速読は読書と異なる特殊なもののように思われがちだ。これについても、繰り返し、いろいろな角度から、説かれていかなければならないのだろうと思う。
 それにしても、能力を開発するというのは、まさに21世紀の仕事だとつくづく思う。21世紀は精神の時代と言われるが、精神機能のレベルアップこそ、能力開発だからだ。だからこそ、テレビや新聞に取り上げられるのだろう。
 日々、教室で指導して読書能力が伸びるのをいつも目の当たりにしていると、つい、能力の開発など、当たり前のことのように思えてしまう。しかし、能力開発の指導や研究は、時代の先端の仕事だ。それを担う誇りと、指導方法の工夫を怠らない気持ちを大切にしながら、受講生の皆さんと共に、時代を切り開いていきたいと思う。(豊文)

少しでも役立てば・・・

 今日は、午後講演をしてきた。「人間サイエンスの会」という国会議員の有志10数名と国際生命情報科学会という学会のメンバーを中心とした勉強会からの依頼だ。
 その設立趣意書には、「現代における不思議を真剣に勉学研究することは、新しい時代を創造し、現代の閉塞感を打破する一助となる」「人間の潜在能力を科学し、もって時代の進運に寄与せんとする」と書かれている。ついドロドロしたイメージを持ちがちな政治の世界だが、気持ちだけでも、人間の潜在能力を探求することから新しい時代を開こうという政治家がいることは、嬉しい限りだ。
 趣意に賛同して参加している一般の方々も合わせて、30名ほどの方が講演を聴いてくれた。「速読脳開発プログラム」の原理から、最近の研究状況まで説明すると共に、すぐに役立ちそうな速読のポイントを解説してきたが、会の趣旨に賛同して集まっている皆さんだけに、大変熱心に聞いてくれた。
 毎朝、世界中からFAXが入り、並べると10mにもなる分量の英文を読まなければならないという方もいて、早速明日から、速読みのコツを試してみたいといっていた。役立てば嬉しい限りだ。情報処理力が、国家の盛衰をも左右する時代だ。わずか2時間の話だったが、何かひとつでも役立つことを得て頂ければ講演させて頂いた甲斐があるというものだ。(豊文)

ページめくり

 本を読む。当たり前のことだが、ページをめくるのは付き物だ。ページをめくらずに、本を読み進むことはできない。速読の訓練では、どんどんページをめくることになる。
 速読脳が開けて、1分間に3万字/分の速度で読むとすると、2秒に1回めくることになる。それを、正確に1ページずつ間違いなくめくるのは、至難の業だ。だいたい、多くの受講生は、この段階に達したとき、肩が痛くなる。もちろん、余計な力みをなくせば、楽にめくれるのだが、最初の段階ではそうもいかない。めくりに文句を言いたくなる。
 その気持ちはよく分かる。それにつけても思い出すのは、左半身麻痺の受講生のことだ。主婦の女性であり、ご主人が、車椅子で、教室までつれてきてくれていた。「見る」能力を開発することは、ページをめくらなくてもできるのだが、もちろん、最終的にはぺ−じをめくらなくては読書能力を開発できない。彼女は、左手でめくれないので、右手で一生懸命めくっていた。しかし、右手では、どうしてもめくるタイミングが遅れてしまう。結局、彼女は3万字/分のレベルまでで、自分の能力を伸ばすのを断念した。「ここまで伸びたので満足」と口では言うものの、心の奥で、私の左手が動けばもっと伸ばせるのにという思いがあったことはもちろんであろう。
 一方、五体満足な多くの受講生は、ページめくりは自由にできるし、3万字/分の速度でめくるときには、肩が痛いなどと不平を漏らす。それも事実であり、よく分かる。しかし、ページをめくる肩や腕が痛いと感じることができないような状況の人もいるのだということを考えると、その不平さえも贅沢のように思えてくる。肩や腕が痛いというのは、動かすことができるからこそ言える不平なのだ。
 おそらく、腕が痛いとき、腕がない人のことを考えることができるなら、気持ちはもっと優しく、落ち着けるに違いない。そのとき、訓練は大きく前進することになる。(豊文)

無邪気に楽しもう

 記録的な猛暑の夏も、ようやく落ちついてきた。先日、東京でセミナーを担当したが、聞いてみると、見事に、自宅練習をしていない。この暑さだし、オリンピック中継はあるし、無理もないというところではある。それにしても、練習しているのは12名中2、3名だ。
 しかし、だから伸ばせなかったというのでは、講師として務まらない。折角受講に来てくれたからには、少しでも伸びて、あるいは何かをつかんで帰ってもらわなければならない。なかには、数ヶ月ぶりにセミナーに参加するという方もいる。仕事が多忙だったり、体調を崩したりで休みながらも、また受講に来てくれるのは、まさに主体的に取り組んでいる証拠で、講師としても、ぜひ応援したいと思う。
 講師は、朝自分が担当する受講生が決まると、どのようにして伸ばすかという作戦を練る。全員の訓練カルテを繰り返し眺めてみて、今日の受講生に必要なのは、リラックスだとピンと来た。よし、今日はリラックスをポイントにして訓練を進めよう。
 終日、受講生が緊張にはまらないように特に留意しながら訓練を進めていった。果たして、10名ほどの方が、テイクオフの見方をつかんでくれた。長い間、教えてきているが、自分のイメージ通りに運べた授業というのはそう多くない。今回は、比較的うまく進められた授業だったと思う。訓練が進んで喜ぶ受講生の笑顔を見るのは、何よりも嬉しい。
 それにしても、今回の受講生に限らず、私たちは緊張のために、何と自分の力を発揮できないでいることか!訓練だけでなく、仕事も勉強も、子供のように無邪気に楽しみたいものだ。(豊文)