八百屋のかみさんにも分かるように!

 先週の土曜日、久し振りに教室のビッグイベントがありました。私の講演会です。ナンと、あの狭いと思っていた教室が100人余りの人でいっぱいになりました。ご参加くださった皆様、本当に有り難うございました。
 ただ、私としてはちょっと後悔の残る講演でした。というのは、用意した内容が、受講生向きであったため、初めて聞く人には、ピンとこない部分があっただろうということです。最後に、要点を簡単におさらいすれば良かったのですが、それも後の祭り。
 今回の講演の要旨は、分かりやすくまとめて、次号の会報に掲載する予定ですので、悪しからずご容赦くださいますよう。初めて来てくださった方、家族や知人をお連れくださった方、これに懲りず、また足をお運びくださいますようお願い申し上げます。本当に失礼しました。
 そう言えば、思い出しました。私の大学の時の師匠は、ゼミや学会で発表する私たちに「八百屋のかみさんにも分かるように話をしろ!」とよく言ったものです。つまり、専門外の人にもよく分かるように、平易な言葉と表現で説明しろというわけです。
 普段、一日話し続けるセミナーは何回も行ってきていますが、講演の機会はそう多くありません。ホンモノの速読、ホンモノの能力開発を理解し、広めていくために、講演が必要です。私自身、もっと講演の腕を磨かなければと思っています。
 次回は、12月20日に東京工業大学で講演する予定です。東工大は、私の母校ですので、「故郷に錦を飾る」というほどではないですが、ちょっと嬉しいものがあります。今回で2回目の講演になります。題して「集中力、速読能力を鍛える脳づくり」。
 師匠の言葉をもう一度胸に刻んで、心して講演してきたいと思います。講演を希望される方、武者修行のつもりで出かけていきますので、気軽にお声をかけてください。(豊文)

「ヤー、訓練が全部つながった!」

 先日、日曜日の大阪セミナーで、AさんがBクラスを修了しました。「速読眼」を完成したわけです。まだ、先があるとはいえ、ここまでくれば、後は伸びていくだけ。しかも、実際の本を読む訓練が多くを占めてきますから、楽しく伸ばしていくことが出来ます。講師としても、ひと安心です。Aさん、よく頑張ってくれました、オメデトウ。
 さて、このブログを読んでくださっている方には、まだ「速読眼」を開発していない方が多いと思いますが、「速読眼」が完成したとき、どんな感想を漏らすと思いますか?
 Aさんは、「ヤー、今までやってきた訓練が全部つながった!」と感嘆の声を漏らしました。実は、高速で、文字を順に見ていくことが出来るようになったとき、こんな感想をもつ方が多いのです。おそらく、今訓練している方のなかにも、「こんな訓練、速読に役に立つのかな?」などと思っている方がいるのではないでしょうか?壁にぶつかっている場合など、なおさらそう思うと思います。
 しかし、高度な能力を開発しようとする訓練であればあるほど、今やっている訓練の意味は分かりにくいのです。野球でも、「うまい選手になりたかったら、走りこめ!」と言われます。野球に上達したかったら、一見、バッティングとキャッチボールを練習していればよさそうなものですが、そうではなく、その基礎となる脚腰を鍛えておかなければならないわけです。
 「速読脳開発プログラム」も、それと同じで、高速で理解する能力を開発し、使えるようになるための訓練を、簡単なものから、順に組み立ててあります。ですから、今やっている訓練の意味がよく分からないとしても、ある段階に達すれば、「なるほど、こういう意味だったのか!」と腑に落ちる時が必ず来ます。そのときこそ、訓練していない人には全く追いつくことが出来ない能力が開花した時です。
 現代は、何でもインスタントな時代です。インスタントにすぐ出来るテクニックがもてはやされがちです。そんな時代だからこそ、「速読脳開発プログラム」のように、奥が深くて先がよく見えない訓練も、また大きな価値があるのだと思います。訓練の継続は、知識を超えたものをもたらします。まず、出来る訓練から生活に取り込んでいきたいところです。
 エッ、ナニ?誰も訓練の先が見えないのは困るって?イエイエ、講師は見えていますから、ご安心を!(豊文)

想いが自分を動かしている

 最近、体験談の中によく「背中を押してくれた」という表現を見かけます。もちろん、実際に背中を押されたのではなく、行動に踏み切らせてくれたという意味です。それは、読んだ本であったり、友達や先輩のの一言であったりするわけですが、その一度のプッシュが、人生を変えたりするわけです。
 私なども、年を取って少しは図々しく(?)なってきた様に思いますが、それでも、やはり、幼いときからの優柔不断のクセは染みついたままで、なかなか抜けません。こういうことが出来るといいなと思っているのに、それを実際に行動に移すのは、ちょっと勇気がいる気がします。そんな方は、結構いるのではないかと思います。
 行動派の人は、よく言います。「考えてないで、やればいいんだよ」「飛び込めば、なんとかなるよ」と。確かに躊躇するときは考えています。
 何を考えているかというと、結果や成果です。しかも大抵は、「うまくできなかったらどうしよう」「他のことをする時間が無くなるんじゃないか」「恥ずかしい思いをするかも知れない」「本当に成果が得られるんだろうか」などの、否定的な結果像です。
 けど、さっと行動したときを振り返ってみると、本当にほしいとき、本当にやりたいときです。そのときは、自分の頭の中は、ほしいものを手に入れて嬉しがっている思い、やりたいことを実現している楽しさでいっぱいです。それ以外の思いは、頭の中になかったことに気が付きます。
 心の中にないことは実現しないというのは、本当に真実だとつくづく思います。言葉だけで病気を治したことで知られているエミール・クーエという人は、魔法の言葉を使ったのではなく、相手の心を、病気が治ったイメージでいっぱいにしていたのです。その結果、治癒率が98%だったというのも、納得できます。
 病気でさえ治るのですから、自分を行動に踏み切らせることも、自分の想いを実現することも、同様に出来るはずです。クーエの時代から100年経ち、社会も人も大きく変わりましたが、「想いが人を動かす」という原理は変わりません。
 さあ、ここで、一冊を10分で読み上げている自分になったワクワクした気持ちを想像してみてください。速読脳を開いた自分を目指した行動に、私たちを踏み切らせてくれるでしょう。自宅練習でも通学でも、ワクワクして行動に移る腰が軽くなるのを感じるはずです。
 エッ? どうすれば、その想いを心の中に描き出せるのって?
 実は、それを学び、トレーニングするのがシルバ・メソッドなのです。今月末発売の「絶妙な集中力をつける技術」は、シルバ・メソッドを中心に集中力を解説した内容になっています。明日、最終校正に入ります。お楽しみに。(豊文)

心のつい立て

 先月の27日、渋谷教室のカウンターの後ろにあったつい立てを取り除きました。渋谷教室に来た受講生の皆さんは、ちょっと驚いたのではないでしょうか。以前は、高めのつい立てでしたので、受講生の皆さんが事務室を覗くことは出来なかったのですが、今は、すっかり丸見えです。逆に言えば、教室に出入りする受講生の皆さんの様子も、職員から丸見えです。
 実は、以前から気になっていたのです。というのは、職員が事務室にいるのに、受講生の皆さんが帰るとき、挨拶をして送り出すことが出来ないことが多かったのです。受講生の皆さんにしても、つい立ても向こうは見えませんから、何も言わずに教室を出ることになってしまいます。挨拶は、人間関係の基本ですから、これは改善しなくては、と以前から思っていたのです。
 授業が終わってから受講生の皆さんが帰り終えるまで、カウンターのところに立っていればいいのですが、ときには、アドバイスが長引いて、最後に帰られる方が教室を出るのは一時間後ということもあります。職員も片付けなければならない仕事があって夜遅く残っているわけですから、挨拶は是非したいと思うのですが、カウンターのところに一時間経っていてもらうのは、現実的とはいえません。何かいいアイデアはないかと、探していたわけです。
 答えは簡単でした。つい立てを取り払うだけで良かったのです。思えば、現在の教室に引っ越してきたとき、現代的でスマートな教室をイメージして置いたつい立てでしたが、間違いだったように思います。この教室は、受講生の皆さんに自分育てをしてもらう場、つまり能力を発達させ、開発してもらう場です。そこに、現代的な冷たさは似合いません。できれば、家庭のように、暖かな雰囲気が望まれます。
 つい立ては、まさに心のつい立てにもなっていたようで、取り払ったら、受講生の皆さんと、心が通いやすくなったような気がします。これで、今まで以上に、受講生の皆さんと講師、職員が一体となって、能力を開発していくことが可能になったような気がします。しばらく教室に足を運んでいない受講生の皆さんも、どうぞ、つい立てのない教室を覗きにきてください。お待ちしております。(豊文)

「もっと上の賞はないの?」

 「光陰矢の如し」とはよく言ったもので、本当に、今年も、もう11月に入りました。11月に入ると、当連盟では、今年度の賞のことが話題に上ってきます。来年一月の新年会で表彰する最優秀賞、優秀賞、ニューブレイン賞の候補は誰かということが、講師の間の話し合いに上ってくるのです。今年は、嬉しいことに、例年にも増して、10万字/分達成者が多く出そうな現在の状況です。
 
 誰が賞を獲得するか、何人獲得するかは、講師としても、教室としても大変興味深いところですが、それが、一部の受講生の間でも話題になっているとのこと。速読眼が出来始めた段階、つまりテイクオフが掴めてきた段階で、賞を目指すことに肚を決めている人たちがいるのです。とてもいいことだと思います。目標を明確にすることは、本気で取り組むために不可欠ですし、目標を定めたとき、それはイメージされています。イメージされれば、それは、実現します。
 そんな受講生の一人であるAさんから、「最優秀賞より、さらに上の賞はないのですか?」という質問が出たという報告が、講師からありました。もちろん、半分冗談まじりだったようです。しかし、私は、大変真剣に受け止めました。まさに、画期的な質問です。最優秀賞と言えば、受賞資格は、10万字/分以上の読書速度を達成しているということです。これは、大変なことなのですが、それ以上のレベルがあることを受講生の皆さんは察知しているのだと思います。
 事実、その冗談まじりに質問してくれたAさんは、「もちろん、賞がなくても続けるつもりですが」と付け加えたとのことです。10万字/分を達成して、なおかつ目指すレベルあるいは能力とはいったい何でしょうか?
 私はふたつあると考えています。ひとつは、アウトプットの能力です。これまでも速読脳を開発した受講生たちは、その能力を活用して、試験に受かったり、本を著したりしてきました。つまり、主観的にインプットしてきた情報を、客観的な情報としてアウトプットしていく能力を高めることです。今まで、その人任せにしていた現実的活用能力を、高めていくことを考える段階にきたのだと思いました。
 もうひとつは、ちょっとアヤしい話です。以前10万字/分レベルに達した受講生が、自らの体験を踏まえて、「将来、この教室からは、悟る人と超能力を開く人がたくさん出てきますよ」と言ったことがあります。自分で悟ったと言う人は、たいした悟りの境地には達していないわけですし、超能力を開いたと喜んでいる人はかなり危険です。ですが、何かしら、安心立命の境地に近づいていけるものを、この訓練は持っていると私は思っています。
 これらのことを具体的に考えるべき時が近づいてきたのではないかと、先の質問は感じさせてくれました。受講生の皆さんに、背中を押された感じです。Aさん、ご質問有り難う!(豊文)