講師という仕事

 教室を始めてから、来年で25年になります。自分でもよく続いたなと思います。続いた理由を一言で言えば、面白いからです。教室を運営するという点では、つらいことや苦しいこといろいろありましたが、潜在能力開発は、面白いのです。取り組んでいる皆さんも面白いと思ってくださっていると思うのですが、実は教える側も面白いのです。
 ひとつは、授業で皆さんの前に立たせて頂いているわけですが、講師がやることは、普通の学校の先生がやることとは、決定的に違っています。「速読脳開発プログラム」の授業では、講師は自らの知識を教えるわけではありません。受講生の皆さんの訓練の様子を観察して、今どういう状態で、何をどうすればいいのかをキャッチして、訓練をしている人に伝え、より良い見方を掴んでもらったり、訓練ステップを進んでもらったりするわけです。
 これをうまくやるためには、講師は白紙の気持ちでいる必要があります。もし頻繁に雑念が湧いているようだと、観察できませんから、授業は成り立ちません。例えば目の微妙な動きを捉えることができなくなりますし、その意味を理解する直観のひらめきも湧いてこなくなります。つまり授業中、講師は、受講生の皆さんと同様に、鎮まりと集中力の訓練をしているようなものなのです。
 ですから、良い授業ができたときは、鎮まりの心地よさを感じます。またよく観察しひらめきを出すことができて、受講生の問題をぴったり改善できたときなど、実に、胸にジーンくるものがあったりします。この辺が、「速読脳開発プログラム」の講師冥利に尽きるというところでしょう。
 もうひとつ、楽しいことがあります。私は、これが結構好きなのですが、謎解きです。受講生の皆さんに訓練をしてもらっていると、「??? これは、不思議!」ということがあるのです。ひとりひとり見るの機能も、理解する脳の機能も異なっているわけですから、当然と言えば当然なのですが、「そういうこともあるんだ!」と感心させられることがあるのです。
 例えば、と今謎解きをしているのは、円記号のフォーマットでテイクオフできるのに、数字ではテイクオフできないというのはどういうことか、またその逆はどういうことか、という謎解きです。どうですか、不思議に思われませんか?実際に、そのような現象に出会っている本人が、「不思議だ!」と言っていましたから、本当に不思議です。
 難しくいえば、人間の脳の認知構造の秘密を解くようなところがあります。これが結構たまらないのです。既存の本を読めば分かるだろうって?いえいえ、そんなことを書いている本はありません。どこかの学会の論文にでも出したいところです(多分、受け付けてくれるところはないでしょうが)。
 けど、アメリカの大統領がオバマ氏になる時代ですから、時代は、どんどん変わっていきます。「速読脳開発プログラム」が、教育として不可欠とされる時代がくることを予期しつつ、お互いに鎮まりと集中力の訓練に、淡々と励みましょう。(豊文)