夏は鎮まりを鍛える季節

このブログを読んでくださっている方は、ほとんど当教室の受講生だと思います。入会して最初の頃、「鎮まり」と言われて、「??」と思った方も多いのではないでしょうか。けど、訓練で速く見るにしても、実際に速読で読むにしても、高速で情報を処理するわけですから、気持ちが深く落ち着いていなければ難しいというのは、納得して頂けていると思います。
問題は、いったいどうやって、深く落ち着いた意識状態を感得するかです。
古い話ですが、学生時代に、ある坐禅道場に行って参禅したことがあります。その道場は、なかなか自然環境に恵まれたところにありまして、夏でしたから、窓を開けたまま、自然のよい空気を吸いながら坐禅をするんです。その点では、今来ている坐禅断食の会場と同じです。さて、その坐禅道場、昼のうちはそうでもないのですが、夕方頃から、蚊が入ってくるんです。足がまだらの、ヤブ蚊です。
坐禅をしている最中に、プ〜ンと飛んできて、手や足や顔を刺すんです。刺された直後、かゆいですよね。けど、こちらは叩くことはもちろん(殺生厳禁!)、顔を歪めることもできない状態です。かゆい〜と悲鳴をあげて掻くなどということは、とんでもありません。ひたすら、ポーカーフェイスでがまんということになります。
そんなことを何度か繰り返しているうちに、だんだん慣れてきまして、蚊が停まって、刺して、血を吸って、飛び去るのを結構冷静に観察していられるようになりました。坐禅をしているのですから当たり前と言えばそれまでなのですが、今振り返ってみると、あの観察していた意識こそ「鎮まり」だったわけです。
なぜそんなことを覚えているかというと、坐禅が終わって、その蚊に刺されたところを見てみると、不思議なことに、小さな赤い点がぽつりとあるだけなのです。普段でしたら、「かゆい!」と言って、おおいに掻きまくり、赤く腫れ上がる結果となるのに、何もしないでみていたら、かゆみも残らず、小さな赤い点があるだけという不思議さに、とても感動したからです。
「かゆい」という感覚がどのように変化していくかを観察できる意識状態、それが鎮まった意識状態です。そのような意識状態を保つことができれば、鎮まった意識の持ち主になれるわけです。蚊が出てくるこれからの季節は、鎮まりを鍛えるビッグチャンス!
えっ、都内のマンションに住んでいるから蚊なんていないですって?
そういう人は、蚊じゃなくて、ゴキブリでトレーニングしましょ。ゴキブリが現れても、悲鳴を上げず、興奮もせず、ゴキブリにはゴキブリの生活があるなあって、じっくり観察するなんていうのはいかがですか?蚊の次はゴキブリかって?いや、要するに、訓練の日常化が大切だってことでして・・・(冷や汗)
(豊文)

鎮まりを深めるために

いつも岡山でお世話になっているサン・クリニックのアイナリーホールでは、いろいろな方を呼んで、講演会を開いています。先週の土曜日は、午後2時から、比叡山で千日回峰行を2度満行した酒井雄哉阿闍梨の講演会でした。
以前から分かっていた日程でしたし、ぜひ聴きたい講演でしたが、 ゴールデンウィークでスケジュールがずれていましたので、セミナーを休みにして聴きに行くわけにもいかず、とても残念に思っていました。
その講演前日の金曜日、院長の山縣先生が、そんな私の気持ちを察して、本をプレゼントしてくれました。
酒井雄哉著「一日一生」朝日新聞出版(朝日新書)です。

酒井阿闍梨の講演などをまとめたのではないかと思いますが、彼の82年の人生の思い出を優しい言葉で語りながら、仏の教えを説いた本です。帯には、「疲れた心が癒される」などと解説されていますが、人生を大きな大きな目から見た、彼の人生の様々な出来事の解釈を、まったく強制することなく、淡々と思い出を語るように説いた本です。まさに千日回峰行を二度も満行した生き仏様が、感得した仏の境地で人生を振り返ってみた内容になっています。
実は、私は、こういう話を聞くのも読むのも、結構好きなんです。小さいときから大人の話をじいっと聞くのが好きな子供でしたが、今もって、特に人生を大局的見地から説いたお話は好きです。「生きる、生活するというのはそういうことなんだ」とか、「苦しいときはそんな風に考えればいいんだ」とか、人間にそして人生についてたくさんのことを教えてくれます。今風に言うと、「癒し」になるのでしょうが、心が落ち着くのを感じるのです。
日頃、教室では、「鎮まり」を深めるために助けになる方法をいろいろ説明していますが、「鎮まり」というのは心の問題ですから、最終的には、自分の人間や人生に対する考え方にかかっているわけです。テクニック的な方法は鎮まるための手助けになりますが、そのような手助けがなくても鎮まることができたとき、本当に鎮まりが身に付いたということになります。そのためには、人間観、人生観を学び、深めなければなりません。
上記の本は、難しい仏教用語は使っていませんが、人間や人生について教えてくれます。字も大きくて読みやすいですから、まだ読むのが遅いと感じている方も、鎮まりを培うための参考書として、お読みになってはいかがでしょうか。(豊文)

「速読脳」は体質の改善から

お久しぶりです。先日の土日は大阪セミナー。日曜日、一緒に昼食をしていたIさんに、「教室物語は、このまま解消するんですか?」と、突っ込まれてしまいました。内心「やばい!」と思いつつ、「いえいえ、このGWの代休には、必ず書きます」と、約束して、今書き始めたところです。
今回、私は土曜日は休ませて頂き、日曜日だけの担当だったのですが、実は、5月の第二土曜日は、毎年出身高校の在京同窓会があるのです。私は幹事の一人なのですが、土日は仕事があるからと言って、ずっと欠席していたのです。ところが、たまには出ないと「やばい」状況になりまして、今回は、同窓会に参加させてもらいました。
その母校の校長が同期の友人で、挨拶に見えたのですが、学校の様子を聞くと、いろいろ驚くことがありました。40年も前に卒業しているのですから、変わっているのは当然なのですが、気になったのは、集会でちょっと長く立っている倒れる生徒が続出するという話。
小中学校で生徒が倒れるという話は新聞などでも話題になったことがあります。高校に入って急に直るわけがありませんから、さもありなんと納得してしまいます。では、大人が通ってくる当教室では?
思い出しますと、今活躍中の某講師が大学生のときに入会し、オープニングで具合が悪くなったことがありました。今は、そんなことがあったとは信じられないほど丈夫になりました。嗚呼、感慨!
その後、開始時から体調を崩している人が早退するということはありましたが、あまりいなかったように思います。ところが、先日久しぶりにいらっしゃいました。Bクラスの初回の授業だったのですが、テイクオフしかけたら、貧血を起こしてしまったのです。
貧血まで至らなくても、頭痛や睡魔に襲われる人は以前ずいぶんおりました。それがあまりに多いので、食生活の指導を強化したわけですが、その結果、授業中に、どうしようもない睡魔に襲われる人は希になってきました。この点が、普通の学校と当教室の違うところなんですね。
母校の校長も、食べ物がそれほど重要だとは思っていない様子でしたので、拙著「頭がよくなる超読書法」をプレゼントしてきました。分かってくれると嬉しいのですが。
どうしてそんなことに気付くようになったのかって?
実は、私自身、小学生のとき、朝の集会で貧血を起こしたことがあるのです。危ないと思ったので、保健室までフラフラと歩いていって、ベッドに倒れ込みました(朝食は、きちんと食べていました)。こういうのは、食生活から改善していって、体質を変えれば直るんです。
貧血で倒れたときは、その経験が将来こんな風に役立つとは思ってもみませんでしたが、とてもよい経験をしたと、今は思っています。(豊文)