速読脳はボケ予防に役立つか?(続き)

ボケというのは、見当識が怪しくなること。つまり、誰が、いつ、どこで何をしたという、社会や他の人とつながるために必要な認知(理解)が、うまくできなくなること。とくにその基盤となる記憶能力が衰えると、周囲つまり外界と調和できなくなり、社会生活に支障を来しますから、認知症と病名がつくことになります。
簡単に考えると、外界をきちんと認識できていると、認知症ではないということになります。けど、よく考えてみると、外界をきちんと、つまり「正確に」認識するということはあるのでしょうか。そもそも、外界を認識するのに一番の情報源は視覚ですが、左右2つの目があって、それぞれの目に入ってくる映像は異なっています。
ですから、私たちは、その異なる2つの映像を元に、脳の中で新しい像を作り、それを外界と認識しているわけです。これだけ考えても、私たちが外界として認識している世界は、仮構された世界です。ましてや、五感や想像力まで駆使している世界は、まったく自分で仮構した世界ということになります。
子供の頃、私の姉が「自分が見ている色と、あなたが見ているいろは同じなのだろうか?」と疑問を呈したことがあり、「ひょっとしたら、同じではないかも知れない」と思った記憶があります。今もって覚えている、子供にはインパクトのある疑問でした。
さて、外界を認識する機能が衰え、見当識に変調を来すということは、外界から情報をもとに自分の世界を構築することができなくなるということです。そうすると、自分の内部情報、つまり取り出すことのできる記憶を使って、自分の世界を構築するのだそうです。ですから、幼児に戻ったりするわけです。大井先生からこのようなお話を伺い、すこし認知症の謎が少し解けた気がしました。
一方、読書はどうでしょうか。読書を楽しむということは、本に書かれた文字情報を得ながら、そこに描かれた世界を構築することです。まさに、ひとつの世界を仮構しているわけです。さらに言えば、たくさんの本を読むことは、世界を仮構する脳機能をトレーニングしていることになります。
ボケは、外界を仮構する能力が衰えること、読書は、仮構する能力を鍛えること、と言うことができそうです。したがって、速読脳を開発して、世界を仮構する能力を高めておくことは、ボケの予防に役立つはずというのが、昨日、大井先生から伺った、速読脳とボケとの関係でした。皆さ〜ん、「速読脳」開いて、ボケを予防しましょう。
今日は東京の新年会。さあ、ボケ防止の第一歩を踏み出しましょう。まだ若干名ですが、申し込みが可能ですよ。(豊文)

速読脳はボケ予防に役立つか?

ときどき「速読はボケ予防に役立ちますか?」と聞かれることがあります。また「ボケ予防に速読を習いに来ました」という方もおります。この「速読脳開発プログラム」は、ボケ予防に役立つのでしょうか?
実は、今日の午前、現在の会員でもっとも高齢のOさんを訪ねてきました。Oさんは、ボケ老人への往診やその家族のカウンセリングを行っておられるお医者さんです。自らのボケ防止と、本を書かれるのでその情報収集能力を上げるために、70歳を過ぎてから速読の訓練を始めた方です。
70歳を過ぎてから「速読脳」をマスターされた方は何人かいますが、そのなかのお一人です。そのOさんに「速読脳」とボケの関係を聞いてきました。
高齢になってから速読を習いに来るだけで、私は「すごい!」と尊敬してしまいます。その向上心と前向きな生き方というのは、素晴らしいと思います。加えて、「速読脳」を開発するところまで、トレーニングを実際に行ったわけですから、本当に素晴らしい方です。
その年齢で何かを習うということは、私が担当するとしても10歳以上、ほかの講師だと30歳以上年下の人を先生とすることになります。きちんとしたものを教えてくれるのかどうか、不安にもなるはずです。それでも、その年齢差を越えて習うということは、学ぶ情熱と謙虚さをも持ち合わせていないと、とても難しいことだと思います。
しかも、Oさんは日本をリードする見識の持ち主と言っていい方です。教室に通っておられたときに本を上梓されましたが、その本は、日経の1面のコラムにも取り上げられたほどの内容です。続いて、昨年夏、大部の著書を出されましたが、これもコラムニストから激賞されています。
さあ、それは誰だ、何という本だと知りたくなったでしょ。紹介しましょう。著者は大井玄先生です。
「『痴呆老人』」は何を見ているか」(新潮新書)
この本は、先生から頂戴して読みましたが、「痴呆老人」の認識世界を教えてくれるだけでなく、心温まる本です。
もう一冊は、
「環境世界と自己の系譜」(みすず書房)
この本は、今日伺って注文したばかりで、まだ読んでいません。速読との関係も教えてくれそうで、楽しみにしているところです。ちなみに、先生はこの本を書くときに速読がすごく役立ったと仰ってくれました。(豊文)
 

隙間時間を活用しよう

今、三笠書房の本に体験談を入れるため、過去の会報を読んでいます。
読んでいつも思うのですが、会報は、私にとって宝物ですが、会員の皆さんにとっても、この上ないアドバイス集です。
先日、授業のときそう話したら、「どこにあるんですか?」と聞かれてしまいました。渋谷教室では、カウンターの向かいの雑誌棚に入っています。是非、授業の合間にでも読んでみてください。
その記事のひとつに、「この『速読脳開発プログラム』は人間改造講座だ」と書いていましたが、本当にそうだと私もそう思っています。というより、それを目指して作ってきたというほうが正解です。
そう考えると、自宅で、机に向かってする訓練だけが訓練なのではなく、それ以外の訓練の大切さが見えてきます。つまり、自分を変えていくわけですから、訓練は24時間体制でなければなりません。
それを実現するにはどうするか。「仕事を持っているから不可能だ」などと言わないでください。その仕事自体を訓練にしてしまえばいいのです。仕事を落ち着いてやれば、それは「速読脳」開発の訓練になっています。仕事を集中してやれば、それは「速読脳」開発の訓練になっています。
歩くときに、視野を広く使えば、「速読眼」を開発する訓練になっています。集中したとき赤ちゃんのような目で見ることができたら、「速読眼」を開発する訓練になっています。
そうです、隙間時間を使うことです。机に向かう時間がないから隙間時間を使うのではなく、隙間時間を使うことこそ、自分自身を改造するために重要といえます。ぜひ積極的に隙間時間を活用しましょう。(豊文)

岡山新年会開催さる!

金曜日から岡山に入り、土日と今年最初の岡山速読セミナーでした。そして、土曜日のセミナー終了後、去年から恒例になりつつある授賞式&新年会。西は熊本、山口、東は大阪から、12名(プラス受講生の家族)の方が、参集してくれました。
会場は、調理教室でおなじみの小山先生のお店、「野菜食堂こやま」です。重ね煮で作った野菜煮など、おいしいお料理を頂きながら、10時半過ぎまで、楽しいときを過ごしました。
今年は、岡山教室から、Kさんが最優秀賞、Sさんが優秀賞と、2名が受賞です。世の中全体から見ると、当教室は、極微の存在です。表彰式の場所も、小さな食堂の片隅。誠に取るに足らぬ表彰式ということになるでしょうが、お二人が、「速読脳」を高度に開発されたことの意味は、本当に大きなものがあると思っています。
「速読脳開発プログラム」はまだまだ世に知られておりません。当連盟で、「速読脳」を開発した人は、まだ数百名だと思います。その意味で、お二人は、自らの努力で、世の先端を切り開いたパイオニアです。自分の意識面を開発するオリンピックがあるとしたら、お二人は、金メダル、銀メダルの受賞者だと思います。
表彰式のあと、お二人には、これまた恒例の受賞のスピーチをして頂きました。やはり、このスピーチは貴重です。
詳しくは、いずれ会報に掲載しますので、楽しみにお待ち頂きたいのですが、そのごく一部をお話すると・・・。
Sさんの話。東京の集中セミナーに参加したとき、恵命我神散を勧められ、それを服用してから、胃腸が丈夫になり、体力がついて、急速に伸びるようになったという体験談を披露してくれました。
精神面と、身体面と、視覚面が、「速読脳」の基礎だとは、いつもお話していることです。自分の弱点がどこにあるかを見つけ、そこを改善強化していくことが「速読脳」の開発につながるのです。
そして、Kさんの話は・・・。
実は、Kさんには、急遽東京の新年会に参加して頂けることになりました。Kさん、有り難うございます。
したがいまして、そのときまで、お話の内容はお預けとさせて頂きます。
これはもう、新年会に参加するしかないですね。皆様のご参加をお待ちしております。(豊文)

鎮まるためには、

今日も、より深い鎮まりを目指して、訓練に励んでおられることと思います。鎮まりの重要性は、耳にタコができるほど聞いているはずですから、よく理解しているはず。ここまで読んで、さっそく「今日は丹田呼吸を10分やろう」と考えた方もおられるのではないでしょうか。
確かに、鎮まりと言えばまず丹田呼吸と思っている方は多いと思うのですが、それだけで十分というわけではありません。「分かった、導入訓練だ」と考えた方、正解ですが、今回はそれを言いたいわけではありません。
先日、というより、ときどきいらっしゃるのですが、訓練のときは丹田呼吸などで鎮まってくるのですが、職場では、いつも仕事に振り回されてバタバタしている、要領が悪く仕事が遅いと言われる、ミスが多い、忘れ物が多い、などという方がいらっしゃいます。日常の仕事や生活が、鎮まったものになっていないわけです。
「仕事を始める前に、1分丹田呼吸をする」。それも良いアイデアだと思います。が、根本的に大切なことは、ものの考え方、人生観、価値観を変えることです。たとえば、この社会を競争社会だと認識しているとします。すると、何でもまず勝たなくてはなりません。良い成績を上げなければなりません。
このような考えが、いつも意識にあるとすると、丹田呼吸をしているときは少し鎮まったとしても、日常的に鎮まることはできません。「あいつに先を越された」「あいつは上司にゴマをすっている」「あいつは仕事ができないのに給料オレより高い」などなど、目がすべて外に向くことになります。このような意識の使い方では、二十四時間鎮まることができなくなってしまいます。
大切なことは、日常的に鎮まること、つまり、鎮まりを身につけることであり、鎮まった人間になることです。そのためには、鎮まりを得られないようにしている自分の考え方や人生観、価値観を、鎮まりが自然に得られるものに変えなくてはなりません。
例に挙げた「競争社会」というのは、社会の一面を捉えた考え方です。確かに、職場は他社との競争の場であり、社員同士の競争の場であると見ることができますが、同時に、自分を成長させる場でもあります。自分を成長させる場と考えれば、自ら、職場ではもっと落ち着こうとすることになりますし、仕事の仕方を工夫しようとすることになります。目が自分に向くわけです。
丹田呼吸は、鎮まることで、そのような考え方に到達しやすいように手助けをする方法でしかありません。本当に鎮まるためには、考え方、人生観、価値観が大切なのです。
それを学ぶための中心となる行動が、読書ですね。読書しながら、それらを学び、また学んで、鎮まることのできる自分を作り、その結果として訓練を進めてより多くの本を読めるようにしていく。
このような「プラスの循環」に入って、大いに訓練を進めたいところです。決して、丹田呼吸を単なる訓練のためのテクニックと考えないこと。ひょっとすると、その考え方から変える必要があるかも知れませんね。(豊文)

より良い政治に速読脳

先日、昼食を摂るとき、テレビのスイッチを入れたら、国会中継が映りました。代表質問の様子から、カメラが議員席の方にスーッと流れた瞬間、「アレ?うちの受講生のAさんにそっくりな人がいる!」と、思わす声に出してしまいました。
世の中には、瓜二つの人間が二人いると言いますから、まさにそういう人なのかな?と思いながら、見ていると、また中継カメラが議員席に流れました。やはり、Aさんにそっくりです。が、瞬間的に見ただけですから、「やっぱり似ている!」と思いましたが、確信は持てません。第一、本人は国会議員だと職業を明かしていませんから、???で、食事を終えました。
その日の夜の授業。開始時刻間近になって、そのAさんから授業の予約が入りました。授業で、その姿を見ると、やっぱり似ています。思い切って、「国会中継を見ていたら、Aさんとそっくりな方がいたんですが、そんなこと言われたことないですか?」と、聞いてみました。
すると、「ええ、いますよ」と、はっきりした答え。あまりにはっきりした答えなので、「えっ、ご本人?」と聞いたら、ちょっとにっこりしながら、軽くうなづきました。Aさんは国会議員だったのです。ネットで調べると、確かにそうでした。
お忍びで、来ていたわけです。
国会議員で入会された方は、これで二人目。政治家は、ゼッタイに速読能力が必要な職業です。ましてや、民主党は政治家主導の政治をすると言っていますから、これからの政治家は、速読能力は本当に不可欠。それを自覚して入会してくれたわけですから、嬉しいですね。
大分前ですが、京都の府議会議長さんが、わざわざ京都から通ってきてくれたことがありました。議長に就任すると決まったとき、老眼だし、目が疲れて集中力が続かないということで、当教室を訪れてくれました。目が疲れなくなり、本も1冊集中して読み通すことができるようになったと、大変喜んでもらうことができました。もちろん、任期満了まで議長の重責を果たし、退任に当っては、丁寧な御礼のお手紙をもらいました。
速読教室と政治は関係なさそうですが、政治家はもちろん、一般の人々の速読力向上をはかることで、日本の政治の向上進歩に貢献できるはずですし、ぜひ貢献していかなくてはと思います。Aさん、ご活躍を祈っております。(豊文)

学ぶコツ

今この時間にも、きっと訓練をしている方がいると思います。そう思うと、指導している私としては、責任の重さに身の引き締まるのを覚えます。訓練についてきてくださっている皆さんに、本当に感謝しています。
ところで、「他の人はすぐテイクオフできているみたいなのに、何で私はこんなに伸びが遅いんだろう?」と嘆いている方はいませんか。
四書五経の「中庸」によると、人には、生まれながらすぐできるようにできている人と、学んでできるようになる人と、苦しんでできるようになる人の3種類があると、説かれています。私は、これを読んで、「本当に、失敗したり苦しい思いをしたりして、人生学んできたよなぁ」と、すぐ納得してしまいました。
確かに、どうしてそんなにできるのと感心してしまうほど簡単にできてしまう人もいます。けど、アメリカからの外圧で変わる日本の政治じゃないですが、私を含めて大半の人は、苦しんで、ようやく変わらねばならないと気付き、変える決意をするのではないでしょうか。
最近、これまでの苦しんでようやく変わる自分から、学んでできる自分になってきたかなと少し思っています。それは、年のせいなのでしょうが、自分の我をちょっと抑えることができるようになった気がするからです。学ぶには、我があってはだめなんですね。
授業でよく「思考にはまらないように」と言っていますが、思考にはまるのは、自分の我を出しているときのように思います。自分の我を出し、思考で頭の中が一杯の人は、いくら繰り返し言われても、言われたことが頭に入りません。
大事なことは素直さ。我を、取りあえず消して、初めて聞く子供のような気持ちで、素直に受け入れ、それを実行しようとしてみること、ですね。
そうすると、きっと伸びの速度が、グンと上がりますよ。できてしまったら、3種類のどの人も、行き着くところは同じだと「中庸」は言っていますから、お互いに頑張りましょう。
(豊文)

信じて時を待とう

坐禅断食会の直前、Gさんから、次のような決意表明を頂きました。有り難うございます。

「いつも速読エッセイを読ませていただいています。
今年こそぼくは今のこの動き出そうとしない自分に終止符を打ちたいと思います。
願いを請うばかりで感謝できない自分もいやです。
今僕は人生の岐路に立っていると思います。いろんなことがありすぎて不安です。
でもぼくのことを待ってくれてる人たちの気持ちに応えたいです。
悔いのない人生を送りたいので、決意表明をしました。
がんばるのでよろしくおねがいします。」

実は、Gさんは健康に問題を抱えているため、ここしばらく教室に来れないでいます。この教室物語を読みながら、じっと時を待っているのですね。嬉しいです。決して焦らないでくださいね、いつまでも待っていますから。
健康状態は、最初にお会いしたときに比べると、とても良くなったのですが、昨年お会いしたときは、まだ完全快癒とまでは行かないところでした。健康状態を、半健康から健康に持っていくには、腹の健康が不可欠です。腹が丈夫になると、肚ができてきますから、元気が出てきます。精神的にも強くなり、鎮まりを作れるようになります。訓練に入れるよう、そこまで持っていきましょう。
若いときには、経済力は弱いし、周囲の理解が得られないこともあるので、なかなか大変です。今年は、そんな状況にある人のためにも、健康に関する本をまとめたいと考えています。おもいかねの目指す「健康」「知性」「霊性」のなかの、健康開発編です。
坐禅断食会の講話でも、私自身が慢性腎炎から脱出するためにやってきたことを交えながら、健康になるポイントを話しました。それらの講話をもとにして、まとめていきたいと思っています。
Gさん、まず、今までお教えしたことをできるだけ徹底して実行してくださいね。そして、またぜひ、速読やシルバ・メソッドセミナーに顔を見せにきてくださいね。またアドバイスできると思います。陰ながら、応援しています。(豊文)

あらゆる意味で、身体が資本

今日から、今年最初のおもいかね坐禅断食会です。というわけで、今、今日の日程を終えて、この教室物語を書いています。
前回17回目を終えたとき、1日目から排便があり、身体が変わったという話を書きました。あれ以来、本当に身体は丈夫になったと実感しています。
今回は、続く18回目。いったい私の身体はどんな反応をするのだろうと楽しみにしてきました。結果は、普段と同じ、でした。前回よりも、また改善されました。私は、1日2食ですので、普段は少なくとも2回の排便があります。今日は、朝から何も食べていないわけですが、いつもと同じく、2回ありました。
前回の坐禅断食報告に続いて、今回もクサい話で申し訳ありません。けど、健康状態を知るには、排泄状況をチェックするのが一番なのです。日頃から感じてはいましたが、私の消化器官は非常に良い反応をするようになりました。そのことが、今日の坐禅断食初日で、はっきり証明されました。
私は、もちろん真向法もやっているし、食事やその他速読の授業や坐禅断食で実習していることなど、いろいろやっていますから、当連盟で指導している健康法の総合的効果だと考えるのが、客観的に妥当だと思います。が、坐禅断食が非常に大きな要因であることは間違いありません。今回の結果は、一連の健康法について、私に大きな自信を与えてくれました。
今回、昨年9月に続いて参加してくれたOさん、前回の坐禅断食のあと、代謝がすごく良くなって、10キロ体重が減ったと仰っておりました。見るからに、とてもすっきりして冴えた表情をしておられました。嬉しくて、周りの人に勧めているんだとのことで、今回お友達を一緒に連れてきてくれました。感謝!
健康面で問題を抱えている方、問題は無いけれどもっと丈夫になりたい方、集中力がないと思う方、精神的啓明を得たい方、速読脳を早く開花したい方等々、本当に、ゼッタイお薦めです。消化器官が丈夫になると、呼吸は楽になるし、精神面でも大きな変化があります。本当に、あらゆる意味で、身体が資本なのです。ぜひ、今年の予定に、坐禅断食会参加を加えておいてください。(豊文)

「ハー」と「フー」

説明されると何でもない簡単なことなのですが、簡単なことだけに、意味のないことのように感じられて、聞き流してしまうことがあります。「ハー」と「フー」は、その典型と言えるでしょう。
「ハーとフー?それ、なあに?」と思った方もいると思います。息を吐くときの擬音です。例えば、走った後の呼吸は、「ハー、ハー」ですよね。バースデーケーキのろうそくの火を消すときは、「フー」のはず。多分、逆の方はいないはず。ということは、「ハー」と「フー」には、それぞれはっきりした意味の違いがあるということです。
教室の準備体操のとき、この「ハー」と「フー」が出てきます。「息をハーと吐いて!」と私が言っても、なぜか「フー」と息を吐いている方がおります。その結果、その体操の効果がグンと下がってしまいます。どこが違うのでしょうか?
「ハー」にすると、口が開いていますから、息が一挙に出ます。これに対して、「フー」は、口をすぼめて息を吐く吐き方です。このとき、空気を肺の中に溜め込みながら、肺に内圧をかけて少しずつ吐いています。実際にやってみるとすぐに分かりますが、「ハー」のときは、力が抜けますが、「フー」のときは、力が抜けません。
ですから、力を抜いて筋肉を伸ばそうとするときは、「ハー」です。緊張をほぐして、エネルギーを補充しなくてはいけないときも、「ハー」です。ですから、ため息は「ハー」ですし、走った後も「ハー」なのです。
一方、「フー」は、精神集中などをコントロールしようとするときに意識的に行う呼吸です。
たかが「ハー」と「フー」ですが、まったく違った働きをすることがお分かりいただけたことと思います。表現する音は似ていますが、中身はものすごい違いです。
実は、このようなちょっとした表現の違いをはっきり区別して訓練を実行することが、訓練を進める上でとても大事なのです。その違いを区別することは、落ち着いていないと難しいですし、心の中がほかの考えで、いっぱいになっていても難しいですね。
ちょっと伸びが遅いなあと思っている方、講師の説明する表現を、注意深く聞きながら、訓練を進めてみてください。きっと、壁を突破できますよ。ご健闘を祈ってます。(豊文)